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2011年8月31日 (水)

ドラクエ回顧録 その1 1986年

こんばんは。

今回からは、ドラクエが生まれた当時から現代まで、その年代の背景と私の回顧録として、書いていきます。

最初の1986年は、初代ドラクエ1がリリースされた年。25年前であります。

ドラクエが登場した当時、ファミリーコンピュータが勢いを増していた時期でした。ドラクエは1986年5月17日に発売されましたが、当時ファミコンではRPGは殆どがアクション要素9:RPG要素1くらいのアクションゲームくらいしかなく、ドラクエのシステムの元となった「ウィザードリィ」「ウルティマ」といったものはパソコンでしかできませんでした。そしてこの時期は、ファミコン、いや、すべてのコンピュータゲームで最も売れたといわれている「スーパーマリオブラザーズ」が出てまだ1年もしていない時期でした。RPGはほとんど知られていない時期です。

そんな中、ドラゴンクエストの開発画面などが、キャラクターデザインがドラゴンボールの作者である鳥山明氏であるからなのか、週刊少年ジャンプで主に情報が載せられていました。それほど強烈な前評判がなく、リリースされ、実際ドラゴンクエストが発売しても、しょっぱなからバカ売れをしたとかいうことはなく、静かなデビューしました。しかし、パソコンでの本格的なRPGほどではないにしてもアクションゲームでないRPGということで、徐々にクチコミで評価が上がってきました。

私がドラクエ1を最初にプレイしたのは実は自分のカセットではなく、友人からかりたものでした。オープニングの画面にはタイトルロゴとSTARTとCONTINUEと設定の選択肢があり、BGMとして序曲が流れます。しかし、キャラ絵が出たり、デモ画面があったりはせず、地味な印象でした。

STARTを選択すると主人公の名前を入れる画面になります。ひらがなだけで最大4文字です。それを入力すると、王様の前の画面からはじまります。「おお。勇者○○○○よ、~~」というくだりからはじまります。

FC1は扉を開けるのにも、階段を下りるのにもすべてコマンドを開いて動かなければなりません。今のように便利ボタンもなければ、階段の自動の昇降もなく、挙句の果てには「はなす」ときに方向まで選択しなければなりません。そして、キャラクターは常に画面前向きになって移動します。故にその様が「カニ歩き」といわれていた所以です。

そうやって話して、まずラダトーム城の外に出て、隣の町にはいります。ここで装備品を買い、話を一通りきいたら、いざ外で敵に会います。いまでこそドラクエで一番愛されているであろうスライムとご対面。他のシリーズではスライムなどレベル1でも一撃で倒せることが多いのですが、このときのスライムは1発では倒れてくれません。HPも最初は15で、スライムを倒すと11か12くらいまで減ってます。スライムベスだと倒したときには半分くらいHPが減ってしまいます。なので、レベル1から2に上がるまでは何度か宿屋に泊ることが必要になります。実は、これ、最初に買う装備の選択が良くなくて、「竹竿」と「皮の服」 、 「棍棒」と「布の服」のどちらかが優位かという話でレベル1では圧倒的に武器が強いほうが有利だったということ。私は前者をえらんでしまったわけなのである。

レベルが上がるとHPとちからが上がって戦闘は楽になります。強くなったら少しずつ遠くにいけるようになりますが、ゴーストあたりで、強くて退散みたいなことで、簡単にはすすめません。ちなみに私がドラクエで最初に死んだのはおおさそり相手だったと思います。橋を渡ってしまい、突然強い敵が現れ...という今でいえば典型的なパターンです。

ゲームは長いので、途中で中断しなければなりません。FC1はバックアップなんてものはついてなく、「ふっかつのじゅもん」なるものを王様に聞いてからゲームをやめなければなりません。このひらがなだけで構成されたものをメモり、次回はCONTINUEから復活の呪文を入力してつづけるのです。当然テレビの解像や大きさにもよりますが、濁点文字等間違いやすく、メモ取りは要注意です。1文字でも間違えれば、続けることができません。

こんなことを繰り返し、2週間ほどでクリアしました。ただ、この時、明らかに当時の他のゲームとは違う「何か」を感じたゲームであることは否めません。

ドラクエ1を語る中で今では信じられない事実があります。それは、このFC1のロムカセットは512キロbitということであります。512キロbit=64KBで、これは、至るところでお目にかかる一般的なサイトのアバターの小さな画像1枚分にも満たないサイズです。

当時のゲームを作るプログラマーはゲーム自体を考えることはもちろん、限られた容量の中にいかにプログラムを入れるかという職人的技術も求められていました。現代のDVDやギガ単位のROMが使える環境とはわけが違います。作ろうとしたゲームの構想を形にしようとしても、到底この「容量の壁」にゲームプログラマは悩むことになるのです。

ドラクエも構想時は当然いろいろなものを考えていたようですが、結果的には3部作にし、1はまずコマンド式のRPGに慣れてもらおうと、人数もひとりで、敵も1体というシンプルなものにしたようです。今考えればあまりにもあっさりしたシステムですが、当時はこれでもインパクトは非常に大きかったといえます。

実際、これを機にコマンド式RPG、つまりアクションゲームでないRPGとしてファミコンで出た初のゲーム:ドラゴンクエストの後、RPGが注目を集めるようになったのはその後半年もしません。

今日は、ここまで。では、またー

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